最高裁判所第二小法廷 平成6年(オ)414号 判決 1994年12月16日
上告人
山内工業株式会社
右代表者代表取締役
山内芳郎
右訴訟代理人弁護士
松川雅典
米田実
辻武司
四宮章夫
田中等
田積司
米田秀実
阪口彰洋
西村義智
上甲悌二
被上告人
今西信次
同
今西勝
同
池田千代子
同
益倉勲
同
井上義子
同
森口征郎
同
八田勝
同
吉田孝
同
小森松太郎
同
村尾俊二
同
深山繁
同
株式会社米田工務店
右代表者代表取締役
米田良男
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人松川雅典の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。(1) 上告人は、八尾市沼三丁目一四三番一の宅地(以下「上告人所有地」という。)を所有している。右土地及び周囲の状況は別紙略図のとおりであり、上告人所有地は、北側及び西側がいずれも公道に接しており、第一審判決別紙被告土地目録(二)記載の土地(別紙略図の斜線部分。以下「本件土地」という。)は、上告人所有地の一部で、西側の公道(以下「西側道路」という。)に接する東西の幅員約0.9メートルの南北に細長い形状の土地である。被上告人らは、西側道路のうち、本件土地と接する部分より南の部分の両側に土地を所有する者であり、各自の所有地から北側の公道へ出るために西側道路を通行している。(2) 上告人は、昭和四三年一二月ころ、上告人所有地と西側道路との境界線に沿ってフェンスを設置しようとした際、被上告人らから、右道路の拡幅のために上告人所有地の一部を提供するよう強く働きかけられたため、西側道路との境界より東寄りに引き込んで、本件土地の東端線(別紙略図のイ点とロ点とを結ぶ直線)に沿ってフェンスを設置した。(3) 被上告人らは、右フェンスが設置されたのとほぼ同じ時期に、西側道路のうち被上告人らの所有地と接する部分について、各自が所有地の一部を提供し又は費用の一部を負担するなどして、共同して拡幅を行った。(4) 右(2)及び(3)の結果、西側道路は幅員約3.6メートルに拡幅され、本件土地は拡幅部分の一部となった。(5) 被上告人らは、その後、西側道路及びその拡幅部分について、土砂を入れたり除草をしたりするなどして維持管理をするとともに、二〇年以上にわたって通行のためにその使用を継続した。
二 ところで、地役権は継続かつ表現のものに限って時効取得が認められるが(民法二八三条)、通行地役権について右「継続」の要件を満たすには、要役地の所有者によって承役地となる土地の上に通路が開設されたものであることを要すると解されるところ(最高裁昭和二八年(オ)第一一七八号同三〇年一二月二六日第三小法廷判決・民集九巻一四号二〇九七頁、最高裁昭和三一年(オ)第三一一号同三三年二月一四日第二小法廷判決・民集一二巻二号二六八頁)、前記事実関係によれば、被上告人らは、西側道路を拡幅するため、上告人所有地の一部を右拡幅用地として提供するよう上告人に働きかける一方、自らも、各自その所有地の一部を同用地として提供するなどの負担をしたものであり、被上告人らのこれら行為の結果として、西側道路の全体が拡幅され、本件土地はその一部として通行の用に供されるようになったというのであるから、本件土地については、要役地の所有地である被上告人らによって通路が開設されたものというべきである。そうすると、被上告人らは、右開設後二〇年以上本件土地を通行のために使用したことにより、本件土地につき通行地役権を時効取得したということができるのであって、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官河合伸一 裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治)
上告代理人松川雅典の上告理由
原判決は以下に述べる点において、経験則に違反しており(民事訴訟法第三九四条の法令違背)この点は判決の結論に直接影響を及ぼすものであるから破棄されるべきである。又この点は、同時に原判決の理由に齟齬があることにもなるから、本件上告は民事訴訟法第三九五条第一項第六号にも該当するとして原判決は破棄せられるべきである。
一 通行地役権の時効取得には「要役地の所有者により当該道路が開設されたことを要する」とするのが確定した判例である。(最高裁第昭和三三年二月一四日判決、民集一二巻二号二六八頁、同昭和三〇年一二月二六日判決、民集九巻一四号二〇九七頁)
二 第一審判決は、民法第二八三条の地役権の時効取得の要件として右「要役地の所有者により当該道路が開設されたことを要する」との要件が必要であることを失念していた。
この点を上告人が控訴審にて控訴理由で指摘したところ、原判決は地役権の時効取得につき右要件を必要であることは認めた。
そして原判決は、そのうえで本件においては、右要件が満たされるとしている。しかしながら原判決が認定した事実からしては到底「要役地の所有者により本件道路が開設された」とは言い得ないものであり、原判決はこの点において経験則違反の法令違反を犯しており、又理由の齟齬がある。以下具体的に指摘する。
三 原判決が「要役地の所有者により本件道路が開設された」と評価した基礎となった事実は次の通りである。
(一) 右拡幅のころ、原告らもまたその所有地を提供し、または拡幅のための費用を提供するなどして、本件道路は幅員3.6メートルの道路として設備されたこと(以上第一審判決一二枚目表四行目まで)昭和四三年一二月ころ、旧フェンスが控訴人によって原判決添付別紙図面(一)の表示のイロ線上に設置されたのは、被控訴人ら地元関係者の要望もあって当時の区長から控訴人に対して強い要求がなされたことによるものであったこと、本件道路はその後も継続的に被控訴人らによって土砂が入れられたり除草が行われたりしていること(原判決四枚目裏一〇行目から五枚目表四行目まで)
(二) 右認定事実によると要役地の所有者である被控訴人らは単に永年本件道路を通行してきているというだけでなく、地元区長を介して本件土地部分を道路とするために控訴人に境界線より控えた前記イロ線に旧フェンスを設置するよう要望してその希望を実現させ、本件道路を拡幅するための敷地を提供したり、費用を負担したりして本件土地部分を本件道路にとり込んでいるほか、その後も本件土地部分を含む本件道路の維持、整備に関わるなどしてきていることから、本件土地部分を本件道路の一部として開設したものといえる(原判決五枚目裏三行目乃至一〇行目)
四 然しながら原判決が認定した右三、(一)、(二)、の事実からは到底「原告が本件土地部分を道路として開設した」と言い得ないことは明白である。以下の通りである。
(一) 本件土地部分が道路敷地となったのは、上告人が自ら好意的に旧フェンスを控えて設置したことによるものであって、右が上告人が地元区長の要望を容れたものであったとしてもこれをもって原告らが道路を開設したと言い得ないものであることは明白であること
(二) 其後原告らにおいて本件土地部分に土砂が入れられたり、除草がなされた事実があったにしてもそれは維持、管理の問題であって「道路の開設」ではないこと
(三) 原告らが同時期に敷地を提供したり、費用を負担したりしたことがあってもそれは本件土地部分についてではない。又原告らがそのような敷地の提供、金銭の出捐をしたとしてもそれは、自らが通行する便益を獲得する為の対価であって、一方上告人は本件道路を使用するわけではないのであるから、上告人が旧フェンスを自らの敷地内に控えて建てたのはあくまで好意のうえでと評価されるべきものであること。
五 以上原判決が三の(一)、(二)の事実のみから「要役地の所有者が本件道路を開設した」と評価した点は、経験則上そのような評価ができる筈がないのにこれを敢えて評価した経験則違反がある。又、原判決が三の(一)、(二)、の事実のみから「要役地の所有者が本件道路を開設した」とした点は右に述べたように、理由が整っていないから同時に「理由の齟齬」となる。そして右の点は直接判決の結論に影響を及ぼすものであるから原判決は破棄されるべきである。
六 尚、次の事項は、是非附言しておかなければならない。
(一) 上告人が旧フェンスを自らの敷地内に控えて建てた時点では、未だ上告人にとって上告人土地の西側部分の境界線は明らかではなく、これが明瞭になったのは平成二年八月七日に至ってからである。
即ち上告人としては当時、将来の官民境界の明示により境界が明らかになるであろうからいづれそのときには道路部分が明瞭になるとの心積りでしかなかったことは明らかである。
(二) 又、上告人が旧フェンスを設置した時点において、上告人土地と本件道路を挟んで向い側にある土地を所有している玉野は、道路敷を提供していない。即ち公道の両側の所有者が平等に土地を提供し合ったという関係もないから一方的に上告人のみが地役権の負担を強いられるのはいかにも公平に反する。
(三) 前述のように上告人は自ら本件道路を使用することはないのであるから、本件道路部分につき通行権を認めることは上告人に一方的な負担のみを強いる結果ともなっている。
右(一)乃至(三)の点をも総合考察するならば、原判決が到底三の(一)、(二)の事実のみで「要役地の所有者が自ら本件道路を開設した」とした点の違法がより一層明瞭になるのである。